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映画で見る『Endless SHOCK』思ったこと

堂本光一さん主演ミュージカル『Endless SHOCK』が、なんと映画になった2021年。『Endless SHOCK』が映画になるってどんな感じなんだ?と全く見る前は想像がつかなかったのですが、舞台とは違う没入感があってすごい良かったです。あの内容を3,000円で、映画館の音響と大画面で見られるのはすごい。楽しかったです。

映画ならではのカメラの視点

毎回帝国劇場に足を運んで見てきた『Endless SHOCK』とは異なる感覚の『Endless SHOCK』。もちろん舞台のDVDとも全く違う感覚だった。何が大きく違うかというと、視点を自分で決める必要がなく、自分の目や双眼鏡よりもくっきり鮮やかで、広範囲な視界を定めてくれるカメラアイ。

“こう見せたい”という意図によって定められるカメラの視点、つまり必然的に自分の視点ではないところから『Endless SHOCK』を眺めることができます。

特に、観客がいない劇場で撮影したからこそ可能な、フライングや殺陣のシーンは立体感が凄かった。フライングや殺陣、といったスペクタクルな演出は、演劇だからこそ迫力があるものだと思っていたのですが、むしろ映像で見せる時ならではの臨場感の出し方が実践されていたように思う。フライングや殺陣の“動き”を際立たせていたのは、カメラワーク。

カメラが目まぐるしく動き、客席と舞台の距離では不可能な位置にまで入り込む。距離を詰めた視点で演者を映し出し、アップになったかと思えば全く異なる角度に瞬時に切り替える。これによって映像ならではの視点、というか映像でしか実現できない視点で『Endless SHOCK』を映し出している。

フライングでは、コウイチと同心円上にいるようなアングルや、コウイチの背後にいるような感覚(まるで舞台上でキャッチする役割のマツザキの腕目がけて飛んでいるかのような)を楽しめる。ラダーフライングは、1F席から見ておいしい部分と2F席から見ておいしい部分の良いとこどりになっていた。

殺陣の場面は自分もステージと同じ目線にいたような感覚になった。戦いの場にいる透明人間みたいな。上から刀を振り下ろされたり、すぐ横で斬り合いをしていたり、刀を避けながら素早く移動したり。すごくスリリングで立体的なシーンになっていた。

 

 

あと、カメラのフォーカスによって映し出される演者の表情の機微がとても鮮やか。「この人はここでこんな表情をしていたのか……」という細かいところにまで、特に意識しなくても目が行き届くので物語がすっと入ってきやすいと思う。舞台を見ている時は、演者と直に対面する緊張感もあり、推しの姿を目に焼き付けたいという執念もあり、また視力が理想の解像度に追いつかないこともあり、双眼鏡を使っていても表情を細かく捉えていくのは難しい。

例えば「ONE DAY」の屋上のシーンでリカが終始どんな表情をしているのか、コウイチはリカの好意をどういう表情で受け止めているのかを、映画版ではただ座って見ているだけでありありと感じることができ、キャラクターの心情を飲み込みやすくてありがたいな、と思った。個人的にはシェイクスピアのシーンの梅リカがどんな表情をしているか見れたのが嬉しかった(「ねえタツヤ〜」前後の表情の変化が良かったです、いつもあんまりよく見えなかったので)。

映画を見て見えてきた物語の解釈

自分で視点を決める必要がない、と言うのが思っていた以上に楽というか、リラックスした状態で見ることができるんだな〜という実感があり、その分『Endless SHOCK』のストーリーで新たに見えてきた部分がある。それは、物語のキーとなるオフ・ブロードウェイからオン・ブロードウェイの大劇場に活躍の場を移そうとするカンパニーの中でのコウイチ、タツヤの心の動きです。

(ちなみにここからは私の解釈なので、異論はぜんぜんあると思います……。)

 

大劇場からの誘いを受け、上昇志向の強いタツヤは、活躍の幅を広げたいからオンのステージに立ちたい、これはチャンスだと考えていることが伺える。

その一方で、コウイチはオンのステージに行くことに対して躊躇する姿勢を見せる。コウイチが「周りが見えなくなったらおしまいだぞ」と言う台詞の通り、浮き足立つメンバーを牽制して落ち着かせるために、一歩引いた態度を取っているのかな〜、と今までは思っていたのですが、今回の映画『Endless SHOCK』を見たら「実はコウイチはオンのステージに立つのが怖かったのではないか?」と思えてきた。というか「自分が座長としてカンパニーをオンの舞台で率いていけるのかどうかが怖かったのではないか?」と。それは、コウイチの表情を見て「あら、本当に全然乗り気じゃないな」というのが感じられたからです。

千秋楽が終わった時点でコウイチは「次はシェイクスピアをやりたい」と言っているので、一度芝居の原点に立ちたい、という意思があったんだと思う。その一方でタツヤや大劇場に行きたいメンバーは前に進みたい、もっと大きなステージに立って光を浴びたい、と考えている。この時点ですでに”みんなで夢を見てきた”はずのカンパニーの中での意識にズレがある。おそらく座長としてコウイチはその微かなズレに気づいていたのでは?このまま大劇場に行けば、カンパニー“みんなで”夢を叶えることがより難しくなる、と何となく予感していたのでは?と思いました。

大劇場のショーにおけるコウイチとタツヤのソロナンバーが対照的で、コウイチはシックなナンバーをソロで選んでいるのに対し、タツヤは、大劇場のダイナミックさを活かすようなパッと華やかな演目でソロをとっている。なんていうか、「やりたいショー」の方向性もコウイチとタツヤで実は全然違っていたのではなかろうか……、と感じたのです。

たとえやりたいショーの方向性が違っていても、本来はすり合わせていけば1つのショー、1つのカンパニーとして見せていくことができるけど、その「すり合わせ」ができない状態になっていた、ということを意味しているように思えた。

それで、「SOLITARY」のタツヤの出とちり事件でカンパニーのすれ違いが浮き彫りになる。スタッフのミスで、出番に間に合わなかったタツヤがスタッフに激怒するのをコウイチが嗜めることで喧嘩になるわけですが、タツヤが「カンパニーを代表して喝を入れてる」と言うのに対しコウイチは「お前(タツヤ)は自分の出番を潰されたから怒ってるだけ」「お前はもうステージに立つな」と返す。

確かにタツヤは衣装全く着られていなかったけど、そのまま舞台に出てパフォーマンスで納得させようという気概があったんじゃないかな、という見方もできるし、コウイチが言うように仲間のフォローによってなんとかなったのだから……というのも次の本番が控えている状況だし理解できる。そして、タツヤも言い過ぎてるし、コウイチもまた言い過ぎてる。タツヤもコウイチもすごい追い詰められている。

カンパニーとしては最悪の状況の中で第2幕が開き、追い詰められたタツヤが罠を仕掛けるのですが、コウイチの心情としてはガタガタのカンパニーで幕を開けて、さらにまたミスが重なってしまったことで絶望的な気分になったんじゃないかな、と思うのです。絶望的、と言うか投げやり、と言うか。「絶対にショー続けるもん!本物の刀でもできるもん!」みたいな……(突然のキャラ崩壊)。

もっと言うと、大きな舞台の上でこんなにミスがあって、さらに中止にでもしたらこのカンパニーの未来がなくなると思ったんじゃないでしょうか。その誤った形の「Show must go on」によって結局最悪の結果を招いてしまう。

コウイチにはコウイチの苦悩があって、タツヤにはタツヤの苦悩があり、他のメンバーもまた然りなんだけど、コウイチは1人で苦悩を抱え込むあまり、自分の苦悩にしか目を向けられなくなっていたのだと思う。だからこそ、タツヤの「立ち止まった奴はそこで置いていかれてしまう」でコウイチはハッとするわけで。

全く違うベクトルで「立ち止まれない」と思っているコウイチ(何があっても続けなきゃ)、タツヤ(置いていかれる)のそれぞれの悩みが、コウイチが息を引き取ってから初めて表面化してぶつかり合うことで、みんなにとって「立ち止まること」が本当は必要で、「立ち止まらない」なんて無理だと気付く。

だから、『Endless SHOCK』で発している「Show must go on」とは「立ち止まらずに続ける」ことを意味するのではなく、より続けていくために時には立ち止まり、時には振り返りながら道の向こうを目指そうね、ということなのだな〜、と言うことを改めて感じた。私はいつも、ライバルの「立ち止まった奴は置いていかれる」っていう言葉が印象的で、観劇した後はライバルに感情を向けがちだったんだけど、映画を見て、「じゃあコウイチの苦悩って何だった?」っていうところに踏み込むことができて良かった。

また、座長とカンパニーの一員で、責任の重さや中身が違って当たり前だけど、現実の光一さんもカンパニーの皆さんも色々な責任を背負い込まず、長く楽しくステージに立ってほしいな〜と思います。「Endless SHOCK -Eternal-」も楽しみです。

その他思ったこと

その他、脈絡なく思ったことを挙げていくと、

・ライバルのソロ曲、華やかだしタツヤ×マツザキのラップ掛け合いのある貴重な曲なのでこの映像でPVとしてYouTube配信してほしい。途中で不意に映った松井奏くんのあまりのキラキラぶりに「おっ」と思ってしまい、個人的にはこのライバルチームで期間限定ユニみたいなのやってくれ……と思った。っていうか単純にあの曲が好き。

・クライマックスの真っ白な衣装を着たタツヤがリカに、コウイチの残していったネックレスを手渡すところがとっても「美!!!!!」で、一瞬タツヤ&リカがこの何年か後に恋人になり結婚するストーリーがあっても良いのでは?と想像が膨らみました。その一方で、お互いに特別な存在だけど恋人にはならずにあくまで同じカンパニーの同志として一緒に走り続ける、というのもまた熱い、どちらもきゅんとする……。

タツヤ&リカの組み合わせが結構好きだな、ということに気づいた。最初の方の、千秋楽〜街に出かけるところのほんわかした「タツヤ→リカ」のやりとりの時の、タツヤの「にこ〜〜〜〜〜!!!」って感じのリカちゃん好き好きモードの表情がめっちゃかわいかったです。タツヤは素直な子……。そしてリカはコウイチのことが好きだけど、かと言ってタツヤの気持ちにはっきりNOを言うわけではなくさらっとかわす感じが、罪な子だけどかわいいなと思いました。

・フライングのコウイチをキャッチするマツザキのあのシュッとした感じが好きすぎる。あとタツヤ&マツザキのコンビネーションがリアルで良かった。コウイチがタツヤにつけるならマツザキだな…と判断した理由がなんとなくわかる。一緒に振り合わせとかしてそう、っていうか仲良さそうに見える。

・コシオカは、キリッとした姿勢が端正なのが改めて印象的で貴族感?というか宝塚感?を感じた……舞台人コシオカ……いやみんな舞台人なんだけども……。中世ヨーロッパの騎士役とか演じてそう。

・コウイチってなんであんなにキラキラしてるんでしょうね?大画面であのキラキラを全身に浴びたような気分です。コウイチ、というか光一さんってまじでスターなんだな、と改めて思った。