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駆け抜けるモーション、90分間の逃避:東京事変再生

東京事変 Live Tour 2O2O 『ニュースフラッシュ』

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東京事変がいきなり再生した。いや、いきなりではなかった。2012年の閏日に解散した彼ら。そこから2回目の閏日に再生する。これは最初から仕組まれていた再生だったのだろうか。

2012年閏日の解散ライブに参加した私は、東京事変の解散をどこか受け止められないまま、現実感のないままライブを見ていた。だから悲しいとも寂しいとも思っておらず、ただ私の中にぽっかりと大きな穴が空いていた。東京事変に使うはずの時間や熱量を向ける矛先がなくなった、ただそれだけ。私の中に空いた穴は、他の何かが、例えば恋愛や日々の生活、アイドルなど、他の何かが埋めていった。椎名林檎の活動もまた、東京事変を失った喪失感を“一つのいい思い出”に変えていった。

でも、直に目の前のステージに立つ彼らを8年ぶりに感じた時、本当は自分が渇望していたのだと分かった。東京事変の実演。東京事変の新曲披露。彼らは“思い出”ではない、生身で躍動している。

 

東京事変が解散したばかりのとき、周囲から「東京事変より椎名林檎の方が良くない?」と言われるたびに、それってシチューよりカレーの方が良くない?って言ってるのと一緒だよね、と思ってきた。カレーも好きだけど、シチューを一生食べられなくなったら困る。何よりカレーもシチューも好きなように、椎名林檎東京事変も好きだ。

東京事変のバンドサウンドを私は待っていた。生の息遣いが感じられる、直球ストレートのサウンド。1曲目から泣いていた。正確には、幕が上がる前、パスワードを入力するとメンバーの名前が次々に承認され表示されていく、その演出の時点で泣いていた。嬉しいとか、感動とかではなく、名前がつけられない感情。正確に言うと、ぶっ飛んでぐちゃぐちゃになって真っ白だった。

序盤で披露された「群青日和」は、8年前の解散ライブのアンコールでも披露された曲。8年前茫然としていた私が、あの日初めて泣いたのは「群青日和」だった。新宿は豪雨、デビュー曲には東京事変アイデンティティが詰まっている。音がキラキラして眩しい、ステージに立つメンバーが発光して見えた。

全編英語で歌詞を綴った「復讐」は、物々しくサスペンスな世界観の映像がモニターに映し出され、真っ赤なライトがステージを支配した。テロップに表示される歌詞と、演奏する東京事変を見ながら、「復讐」の持つ怒りの表現がここまで強いものだったのかと改めて気がついた。描かれているのは、若さを礼讃する偏った美意識の盲目さ、そしてそれに対する怒りだった。「女は若い方がいい」「こういう服を着ていいのは~歳まで」といったような、「若さ」に価値を置く罪深さを身を以て知ったのは、東京事変が解散し、学生だった私が社会に出てからのことだった。

 

東京事変サウンドの強さや個性は昔から知っていたつもりだったけど、改めて聞いてみてもやはりものすごい音だった。凄まじくパワフルでエネルギッシュだった。揺れるシンバルからうねるように響く金属音と重くて分厚いバスドラ、撃ち抜くスネア、会場を抜けていくように鳴るベース、奔放で躍動的なギター、研ぎ澄まされたスタイリッシュなキーボード、鋭いヴォーカル。条件反射で涙が出ているのかと思うほど、涙が止まらなかった。明らかに私はキャパオーバーだった。

東京事変が作り出す音の渦の中にノスタルジーは全くなく、全てがフレッシュ。メンバーは涼しい顔で演奏していた。あまりにスマートでかっこよくて、ずるかった。あれから8年も経ったけど、彼らは相変わらずかっこよくて、自分はあまりに凡庸だった。東京事変を見て自分もあんな風にかっこいい大人になりたいと思っていた私は、この8年間どう過ごしてきたんだっけ、と少し自分にがっかりしつつ、少しでも彼らのような凛とした佇まいに近づきたいな、と思った。

 

私が8年前に、自分のノートに書き残した感想は3行。「空が鳴っている」の“諦めさせて”というフレーズの前に入る、全体の休符の緊張感を忘れないということ。そして、「透明人間」が今までで最高だったということ。 

8年前の私へ。「空が鳴っている」の“諦めさせて”や休符の部分は、静止(ポーズ)ではなく呼吸(ブレス)だった。止まっていないから緊張もしていない、地続きになっていた。ダンスが次の動作と連動しているように、休符は次の音符と連動している。息を吸う、振りかぶる、音を鳴らす、これらは全て1つのモーションだった。東京事変の音が動き、空間を満たしていく。異次元に入り込んだような気分になった。

8年前の私へ、パート2。東京事変はまたラストに「透明人間」を披露してくれた。尚且つ、今までで最高でした。透明は色を持たないからこそ、めちゃめちゃカラフルだった。

 

ところどころに存在していた空席、アルコール消毒液・うがい薬・体温チェックを完備した厳戒態勢の会場、マスクや手袋を装着して物販や誘導を行っていた係員の方。本当に万全の態勢だった。コロナウイルスが蔓延し、普通の日常や娯楽が消えていく中で、何も語らず決行を決めた東京事変。目を背けたくなるような現実から、束の間のあいだ逃避させてくれてありがとう。異次元にトリップできた、その事実が背中を押してくれるから、現実でも目をそらさずに生きていける。

ほぼ泣きながら見続けた90分はあっという間だった。まさに速報“ニュースフラッシュ”の如く時間が駆け抜けていった。終演後に会場を出ようとすると、出口にはアルコール消毒液を持って、観客の手にアルコールを吹きかける係員の方が待機していた。係員の方に手を差し出し、消毒液をかけてもらったその瞬間に、私は現実に戻った。夢のような時間が終わった寂しさと、また東京事変に会えた嬉しさの実感が同時に押し寄せて、東京国際フォーラムを後にした後もしばらくの間、顔をさわれず涙を垂れ流しにしたまま帰路についた。