服を着る in TOKYO

ファッションとエンターテインメントについてふわふわ語る

5月病とミルクティー

お題「気分転換」

 

心の声が「つらい・だるい・しんどい」で溢れてきたのでおそらく5月病だと思う。私の場合春めいてきた3月末からジリジリとこの兆候が現れるのでもはや345月病だと思う。ちょっとしたこともないのになんだか落ち込んでいるし、思うように振る舞えないし、聴きたい曲も特になくてお気に入りのプレイリストのどの曲もピンとこない。どの曲も好きなはずなのに。

友人の結婚式に参加して、心からおめでたいと思っているのにその儀礼的な雰囲気に飲まれ、慣れないヒールを履いて足が痛くなり、仕事では以前よりさらに希薄になった社内コミュニケーションに息が詰まり、追い討ちをかけるようにしてLGBT法案関連の会合における議員の心底びっくりするような発言に打ちのめされてしまうなど様々な外的要因もあり、疲れ気味の春から初夏を迎えています。

“5月病”という言葉がわざわざあるくらいだから、おそらく同じように、あるいは私よりもっとお疲れの方もいっぱいいらっしゃるんだろうな……、ただでさえ春はしんどいのに世間でもコロナとか休業要請とか色々なことがあるし。本当にお疲れ様です。

 

人生の中でいちばんメンタルが落ちていた数年前、夏フェスに行ったのになんだか心がついて行かずに1組だけ見て1人で帰ったことがあり(一緒に行った友人にはとても申し訳ないことをした)、その時の自分の状態とやや似ていて心身「あ、ちょっとやばい」と思ったので寄り道・息抜きを心がけるようにし始めました。ジャニーズ、タイ沼といったもはやルーティーンになっている推しごとの他に、ちょっと寄り道して特別な気分になる、をやってみる。

 

その寄り道の1つが、「『チャバディ(Chabadi)』に行く」。東京・原宿の「チャバディ」といえば、タイのBLドラマ「SOTUS」のアーティット先輩が日常的に飲んでいる飲み物・ピンクミルクを売っているティースタンドで、ピンクミルクだけでなくタイの紅茶、ハーブティー、ミルクコーヒーなど様々なバリエーションのドリンクを提供しています。ドラマ「SOTUS S」の中で仕事前や休憩時間にドリンクスタンドでピンクミルクを買って飲んでいるアーティット先輩やアーサ先輩の息抜きスタイルを真似してみよう、と思ったのでした。

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 ↑以前飲んだチャバディのピンクミルク

以前ピンクミルクがどんな味か知りたくて休日に行った時にもかわいいお店だなあ、と思っていたのですが、今回メンタルがずたずたの状態でお店に行ったらなんだか「チャバディ」の中だけ原宿の空気とは違っていて、すごく落ち着いていておしゃれで可愛くて、異空間に来たような感じがしました。ゆったりとした海辺に来たようなリラックスした感覚。タイの空気なのかしら、わからないけど。原宿の他に江ノ島にもお店があるそうですね、江ノ島のお店もすごい良さそう。

お店の方がドリンクを作ってくれるのを座ってぼーっとしながら待っているだけでふわっと心が軽くなるような感じがしました。

 

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Cr. GMMTV Official Trailer SOTUS The Series พี่ว้ากตัวร้ายกับนายปีหนึ่ง

↑お粥とピンクミルクをコングポップに持ってきてもらったアーティット先輩(SOTUS EP.6)

前に飲んだピンクミルクは、自分の経験の中で近いものを探すならかき氷の苺シロップに近いようなフレーバーで、飲むとひんやりとした感触とガツンとした甘さが同時に口の中に入ってくるような感じ。一口飲むごとに新鮮な甘さがやってきて、アーティット先輩って予想していたよりもめっちゃ甘党なんだ…!と体感しました。でも、太陽の照りつけるタイの暑さの中で氷を溶かしながら飲んだら、この甘さも冷たさもより一層心地良いのかもしれないな〜と思った。

 

 

今回はミルクティー“チャーイェン”をオーダー。紅茶にコンデンスミルクが入っているドリンクですが、程よい甘さで後味すっきり。紅茶がすっきりしているのか、コンデンスミルクがすっきりしているのかはわかりませんでしたが、甘みはあるけど爽やかな感じのミルクティーでした。スパイスが入っているらしく、それで爽快な感じがあるのかも。普段はあんまり甘いミルクティーを飲まないのですが、これならずっと飲み続けていられるな、と思いました。疲弊した心身に優しく染み渡る感じがする。

ミルクティーのおかげでかなり癒されました。素敵なお店なので、元気があってもなくても、またふとした時に「チャバディ」を訪れたいな、と思います。

 

chabadi.asia

 

ちなみに「チャバディ」のサイトを見ていたら「Carnation」のコンデンスミルクの写真が掲載されていて、Singtoさんがこの前の「Live At Lunch SS2」で使っていたものと同じメーカー?ということに気づき、さらに嬉しくなりました。パンケーキをコンデンスミルクでひたひたにしていたSingtoさんはとってもチャーミングでしたね。

 


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タイドラマ Who Are You เธอคนนั้น คือ ฉันอีกคน - “私は誰?”を探す物語

GMMTVのタイドラマ「Who Are You」をYouTubeで完走しました〜!!Namtan主演、Krist、Kay、Janがメインキャストの「Who Are You」。すごい集中力を要するドラマだった……。視聴している間ずっと心が「Who Are You」に持っていかれっぱなしでした。

ざわざわしたり、学生時代のことを思い出したりしつつ、登場人物の気持ちや人間模様を考えながら見ているとどんどん引き込まれていった。主演のNamtanがとにかく超良かったです。一人二役こなすだけあって、表情の振り幅や身にまとう空気の変化がすごい。

あとKristくんは泣きの演技の引き出しが多彩でびっくりした。涙の粒の大きさとか流すスピードまで計算してるんか?というぐらい感情の波にピタッとハマっていて感動しました。

 

ただ、物語の重要な部分を担う要素の1つである“いじめ”の描写が残酷で、いじめの場面があると知ってて見ていても結構辛かったです。何らかの“フラッシュバックを起こしてしまうかもしれない”と思う方は無理せずに見るのをお休みする、不穏な雰囲気になったら音声なしで倍速で見る、飛ばす、もしくは視聴をストップした方がいいと思いました。

でもEP.1の冒頭からまさにそのめっちゃ苛烈な場面なんだよな……。トレイラーにもいじめの場面が映ってるし。かなりリアルだしショッキングだと思います。

特にEP.1は、「自分は大丈夫!」と思う方でも、ある程度心に余裕と覚悟を持って見た方がいい、と私は思う。疲弊してる時に見るとしんどくなっちゃうと思うので(いじめの描写が出てくるEPは主にEP.1、EP.6。でもリフレイン的に他のエピソードにも結構散りばめられている)。

魚醤や小麦粉を頭からかけられる場面もすごい嫌だけど、あの教室の隅のカーテンに隠れていじめっ子がマインドを取り囲むシーンもものすごく嫌〜〜〜な感じに演出されていて、とっても心がえぐられた……。

「Who Are You」は韓国のドラマ「恋するジェネレーション」をリメイクしたドラマですが、「恋するジェネレーション」の1話を見た限りでは、同じいじめの場面を比較するとタイ版の方がさらに陰惨な雰囲気になっていると感じました。やってるいじめの内容はどちらも酷いんだけど。

でも、最初に書いたように“いじめ”は物語の中の1つの大事な要素なのであって、”いじめ”が主題というわけではありません。「Who Are You」では「自分自身にどう向き合うのか?」ということを、様々なキャラクターを通して描いている。いじめや学校における人間関係をはじめ、大事な人の死や、自分の将来、子供の将来、親との軋轢など、それぞれ問題を抱える登場人物が各々自分のアイデンティティってどうやって自分のものにするんだっけ、ということを模索していく物語だと思っています。

 

※ここからはネタバレしながら感想を書いていきたいと思います。ちなみに、この「Who Are You」、初めて見る際はネタバレ回避した方が絶対に良いと思うので、もしまだ見ていなくて気になっている方はぜひまず見てみてください〜!EP.18まであって結構ボリューミーですが、全部YouTubeで見られるし、ほぼほぼ日本語字幕をつけてくださっています!とってもありがたかった……。ありがとうございます。

 

 予告からして不穏というか怖いんだよな〜。ちなみに私は視聴前に予告映像を見た時に一旦回れ右しました……。怖がらせるわけではないんですけど、ちょっとやっぱりいじめの描写が凄くて……。

でも見所も、考察しがいもある良い作品なので、平気な方にはぜひおすすめしたいです。大事なことなので先に言いますがKristくんの役はかわいいです。心の癒し。

 

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〈あらすじ〉 

高校生のマインドは、ティダーをはじめとするクラスメイトから執拗ないじめを受けていた。周りの同級生からは無視され、ティダーの策略によって学校側からも退学を言い渡される。絶望したマインドはある日川の中に身を投げてしまう。しかし、マインドは奇跡的に命拾いし、今までの記憶を一切失った状態で病院で目を覚ます。病院に駆けつけていた周囲の人々からは「ミーン」と呼ばれ、マインドは自身の記憶を失ったまま「ミーン」として生きていくことに。実は「ミーン」は、生き別れになっていたマインドの双子の姉だった。

母親や友人、幼なじみのナティーですらマインドを「ミーン」だと信じて疑わない中、幸せな新生活を送っていたマインドは徐々に自身の記憶を取り戻し、過去の苦しみも思い出していく。全てを思い出したマインドはどうなるのか、ミーンはどこへ行ったのか。そして、ミーンが抱えていた問題や、ミーンの友人たちとマインドとの関係性はどうなっていくのか。

〈主な登場人物〉

・マインド/マニタ・エウラック(Namtan)
プラチンブリの孤児院で暮らす高校生。孤児院で一緒に暮らす子供たちの面倒を見るなど、思慮深い性格で優しい。一方で、正義感が強く、間違っていることや困難なことに対しては真摯に向き合おうとする。ピンクとかふわふわしたものが好きで可愛らしい感じの女の子。ミーンは双子の姉。

 

 ・ミーン/ミーンナラ・ナンニチソパー(Namtan)

バンコクで優しい母親と2人で暮らす高校生。何においても物事をはっきりと言う性格で、不快な時はためらうことなく不快感を表す。イライラしているように見えることも多いが、芯の通った性格でクラスメイトからは慕われており、友達も多い。思ったことをはっきり言う感じがかっこいい。あとメイクもマインドよりもしっかりめで、友達とおそろコーデするなど年相応に高校生活エンジョイしてる、どっちかというとイケイケな子だと思う。マインドは双子の妹。しかしNamtan一人二役とか本当に信じられんな……。マインドとミーン全く違う人に見える……。

 

・ナ/ナティー・ワナチャレン(Krist)

ミーンの10歳の時からの幼なじみ。水泳の選手として一目置かれている存在。実は子供の頃は水が怖かったが、ミーンのおかげで水への恐怖を克服し水泳選手を志した。ミーンのことが好きで、よくミーンの頭をぐしゃぐしゃなでる。そして手を振り払われる。ミーンから冷たくあしらわれていても、幼い時から性格をよく知っていて仲も良いため特に気にしない。っていうか常に冷たくされているのでそうじゃないとむしろ「え?」となる。父親と2人で暮らしており、父親思い、なおかつ優しい性格で素直。

物語の不穏さを和ませてくれるような存在、まじで。ナティーが登場するたびに癒されたわ……。

 

・ガン/ガンカン(Kay)

ミーンやナティーのクラスメイト。同級生からは変わり者扱いされており、授業中は突っ伏して寝ている、ランチは1人で食べるなどクラスからは浮いた存在。ひょうきんに振る舞っているが、素の感情をなかなか見せない。学園の理事長の息子だが、同級生には隠している。幼い時に両親の離婚を経験しており、父親に対して良い感情を持っていない。“クラスに誰も本当の自分を知っている人がいない”という共通点からマインドと仲良くなり、マインドを好きになる。おどけたりふざけたりしているように見えるけど、実は人のことをとてもよく見ている子。もし少女漫画だったら絶対この子と主人公が恋に落ちるパターンになると思う。さりげなくマインドのことを助けてくれる感じとか「えっ、これは好きになるの不可避やろ」と思いながら見てた。「(ミーンとして生きるなら)もっとミーンらしく振る舞えよ」ってマインドに言ったところ、マインドの性格もわかりつつ鼓舞してる感じがあってめちゃめちゃよかったな……。

 

・ティダー/ティダー・トライウィサクル(Jan)

プラチンブリの学校でマインドをいじめていたリーダー格。父親が検事で権力・財力を持っている。プライドが高い。マインドに対するいじめが容赦なく、執拗かつ陰湿。マインドを貶めようとすることへの執着心がまじですごい。病院でマインドを見るだに髪の毛を引っ張りに来たシーンはびっくりしちゃったよ……。どんだけマインドに対するアンテナ敏感なのよ…。明らかに怪我して弱ってる人の髪の毛引っ張らないだろ、普通。あのティダーのいじめる時の表情の迷いのなさと、ドーパミン出てる感じがすごい怖くてJanすごいと思いました。

 

マインドの“生の肯定”を獲得する

ティダーがマインドに向かって言い放った「あんたがあんただから嫌いなのよ、マインド」という言葉に象徴されるように、マインドは自分の存在を否定され続けてきて、心の拠り所がなかった。「あんたがあんただから嫌いってなんやねん」と思うけど、マインドが存在していること自体が許せないってことなのでしょうね。

マインドは孤児院でもみんなのお世話をするお姉さん的役割を果たさなくてはならなかったし、いじめっ子グループの他の同級生は見て見ぬふり、先生も助けてくれない。どこにも自分を解放する場所がなかったから、自分自身で自分の生を否定しようとした。“マニタ・エウラック”の名札を投げ捨てるところが印象的でした。

雑誌「タイドラマガイド『D』vol.2」(2021年3月末発売)の「Who Are You」の紹介ページには、「愛と再生の青春ミステリー」という見出しがついているけど、まさに「Who Are You」は”再生”の物語だと思う。この物語で問われているのは、無視され否定され続けてきた“マインドの生”をどうやって取り戻していくのか?というところ。

マインドは奇跡的に一命を取りとめて、ミーンとして文字通り新たな人生を歩み始めるかと思いきや、すぐに失っていた記憶が蘇ってくる。記憶を取り戻した時のマインドの絶望に満ちた表情を見ていると、周りの人から愛されているミーンとしての幸せな暮らしと本来の自分との対比が乗っかった分ものすごく苦しくなったんだろうな、と思った。記憶が戻ったことで「ママにも、ナティーにも、ライラやキャットにも、愛されていたのは“私”じゃなかった」ことにマインドは気が付いてしまった。

 

そして、ミーンの墓前でマインドがクワンさん(ミーンのママ)に全てを打ち明けた場面でも“マインドという存在”が問われている。というのも、あの時点では「川から救助されたのはミーンではなくマインドで、ミーンは亡くなっていた」ということが判明したところ。

クワンさんの選択肢としては「マインドを家族として連れて帰る or not」だったと思うんだけど、そこでクワンさんは孤児院に戻るマインドと一旦別れてから、思い直して「ミーンとして一緒に暮らしてほしい、私にとってはあなたはミーン。私たちはお互いのために一緒に生きていこう」と言って引き留めるんだよね。

私としては、「いや、一緒に暮らすのは良いし気持ちはわかるけど、“ミーン”としてじゃないとダメなの?」というところに引っかかりました。「マインドはミーンの家族なんだし一緒に暮らすならマインドとして引き取って暮らせば良いじゃん……?マインドもプラチンブリからは離れられるわけだし……」と思って。双子の姉妹だとは言え、そしてクワンさんがマインドにミーンを重ねるのも仕方ないとは言え、「身代わりになってくれ」というのはなかなかにすごい発言だと思った。

まあやっぱりそこはいきなり娘をいきなり失ってしまって気持ちの整理がついていなかったから「ミーンになってほしい」って言っちゃったのかな。大切な人を亡くしたばっかりだったから混乱してたのかもしれません。後々マインドに対して「あなたの気持ちを考えられなくてごめんね」って言ってたし。それに、マインドと過ごした時間もクワンさんにとってはミーンと過ごした時間と同じように大切なものだったのだとも思う。

でもな〜〜、それでも、自分を助けようとして亡くなってしまったミーンの身代わりをしながら生きていくなんて、マインドに「苦しみながら生きてくれ」って言っているようなものじゃん。マインドにとってはミーンの死に対する十字架の重みと24時間365日向き合わなくてはいけないことになるし(身代わりにならずともそうかもしれないけど)、本来の自分のことは嫌だったこともそうじゃなかったことも全て封じ込めないといけない。

マインドは生き残ったけれど、マインドとしての生は否定されたわけですよね。クワンさんが言ったことって突き詰めて考えると「ミーンの死は肯定できないけどマインドの死は肯定できる」ということになってしまう。

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Who are you เธอคนนั้น คือ ฉันอีกคน [Official Trailer] cr.GMMTV

ただ、振り返ってみれば、「ミーンの身代わりとして生きる」というこの時の選択は、一度自分自身で生きることを否定して限りなく”死”に近い状態を経験したマインドが、「マインドの生をどう肯定していくのか?」という“再生プロセス”の始まりの地点だったと思う。つまり、自分をあえて封じ込めて「ミーン」として生きることで、むしろ浮き彫りになってくる「マインド」という人間を自分で振り返るための時間、マインドが自身と向き合うための時間になっていた。ミーンと自分の違うところを日々発見しながら、自分のアイデンティティと向き合っていたんじゃないかな、と思う。

マインドとミーンは双子だから姿形はそっくりだけど、話し方が違う、好きなものが違う、書く文字が違う、得意なことが違う。周りの人々から聞こえてくるミーンの人となりや特徴を知っていく内に、マインドは自分自身のアイデンティティもよりはっきりと意識するようになったんじゃないかな〜〜と思うんですよ。

だからこそ、最終回でナティーに対して「私はナティーが好き」って言えるようになったし「自分に向き合う時間がほしい」と言えるようになった。多分以前のマインドだったら“自分に向き合う時間がほしい”なんてとても考えられなかったと思う。それどころじゃなかったから。

 

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Who are you เธอคนนั้น คือ ฉันอีกคน [Official Trailer] cr.GMMTV

マインド、こうして書き出してみると何回も何回も存在を否定されてきていてなんか本当に腹立たしくなってくるな……!ナティーですら途中で否定するしな〜〜〜(EP.13参照)!!!自分の怪我と、ミーンが実は亡くなっていたっていうショックと、マインドがミーンに成り代わっていたっていうショックでトリプルショックだったナティーの気持ちも痛いほどわかるんだけども、自分を気にかけているマインドに向かって「僕たちはなんの関係もないでしょ」って言うのはひどいよ……。本当に本当にめちゃめちゃショックを受けてしまった……。視聴当時の私のスマホのメモに「ナひどーいひどーい、マインドだって関係あるやろひどーい」っていう語彙力0のメモが残っていた……。

話を戻すと、そんな中でも、ミーンだけは本当に最初から最後までマインドの存在を肯定し続けた人なんだよね。マインドが自分と向き合っていくには、「私にはP'ミーンがいる」っていう心の支えも大きかったんだと思う。

ミーンはマインドが孤児院で暮らしている時にずっと贈り物を送り続け、水中からマインドを救い出し、マインドに自分の代わりに幸せな生活環境を与え、マインドをいじめていたティダーに立ち向かった。だからマインドの1番の心の拠り所はミーンだし、その逆もまた然り。

ミーンは、“クワンさんに引き取られるはずだったのはマインドだった”という思いが心の底にずっとあって、「マインドもどうか幸せに生きていてほしい」という思いが自分が生きていく上での心の拠り所になっていたし、今後もその思いがずっとミーンの中にはあり続けるのだと思う。

ちなみにミーンがガンに対して「あんた妹のこと好きなのよね?めっちゃわかりやすい。妹のこと追っかけてるの嫌なんだけど。マインドの気持ちは聞いたの?」ってわざわざ聞くところ、ミーンがマインドのこと本当に大事に思ってるんだなってことがわかるのと、笑っちゃうぐらい容赦無い言いようがとても好きです。笑った。ミーン、マインドのこと超心配してるじゃん。予防線張ってるじゃん……。言いたいこと言って勝者の笑みを浮かべながら去っていくミーン好きだわ。

 

“自分は誰なのか” という問い

マインドの自我への問いがメインなのはもちろんそうなんだけど、その他の登場人物もみんな「アイデンティティと他人からの承認」を模索している。つまり自分が自分であるための拠り所をみんな求めている。

例えば、序盤で登場するミーンのクラスメイトのコイケオは「人の目に自分という存在が映らないということ」に対して葛藤を持っていて、人からの注目を集めるために金銭でどうにかしようとしていたら、いつしかクラスメイトからATM扱いされるようになってしまった。

また、ナティーは幼い頃の自分のトラウマを克服したことで、自分の生きる道筋となった「水泳」に自らの全てを捧げていて、周りからも水泳選手としての期待を集めている。だからこそ、怪我によって選手生命が揺らいだ時に「水泳」という自分のアイデンティティを失いそうになっていることに対してひどく絶望してしまう。

ガンは親からの愛情や承認を心の底では渇望しているけど、溝が深すぎて全く親のことも周囲のことも全く信用していない。そして自分自身のことも空虚な存在、嘘にまみれた存在だと思ってる。

その他にも、教育ママのほぼ言いなりにならざるを得なかったピートや、ずっと憧れていたモデルの夢を叶えるために撮影に臨むも思うようにいかず、ナティーの方が良いポジションにいることに対して失望してしまうキャットも、自分を見失いそうになっている様子が描かれている。不正に手を染める学園長(ガンの父親)も元々は良い教師だったのに保身に走ったが故に、従来の自身の教師像からはかけ離れた教育者になってしまう。

この、それぞれの自我の揺らぎや喪失、取り戻そうと奮闘するところがすごく丁寧に描かれているところが「Who Are You」のいいところだと思います。自らと向き合うことの痛みをみんなが感じている。

 

で、じゃあティダーの自我ってなんだったんだ?と考えてみると、ティダーって自分が思っている以上に「自分の思い通りに物事を進める」ことが障壁なく、スムーズすぎるほどにできてきた子なんじゃないかと思うんですよ。ママは娘のやることなすこと全肯定だし、パパもさりげなく娘がせがんできた謎の筆跡鑑定してくれるぐらいだから権力使って色々アシストしてくれるし。しかも成績も良い。そして歯向かうと色々と怖いのを知ってるから、学校の同級生も先生も言うことを聞いてくれるし、取り巻きになってくれる子だっている。だから、自分が思っている自分こそが正しくて、それが揺らぎようがなかったんじゃないかな。

そんな中で、最初に抵抗してきたのがマインドだった。ティダーがマインドに向けて放った「あんたがあんただから嫌い」っていう言葉を因数分解していくと、ほとんど拒絶に近いというか、存在そのものが受け付けないっていうことですよね。マインドっていう存在を排除しないと自分の思い通りにいかなくなるし、自分という存在が揺らぐから。

でも、皮肉なことに、マインドと対峙するようになってから、ティダーは自分に執着すればするほど、より強く、誰よりも憎いはずのマインドのことを意識している。鶏が先か卵が先かじゃないけれど、目的と手段が入れ替わってることにティダーは気がついていない。そのせいで、ティダーのやってることって明らかにどんどんズレていて、本人にとっても無意味なことをやっているのにそれに全く気がついていないんですよ。

だって、あれほど疎ましく思っていたマインドは自分の目の前からいなくなったんだから、それをわざわざ探し出してみんなの前で晒すその労力、ティダーの人生に必要なくないですか?あんなに富も知も持っていて。しかも、マインドを追い詰めたのは自分なのに、そこでマインドが実は生きていたって判明したら一番困るのはティダー自身だってなんでわからないんですかね?

しかも、誰もがマインドはすでに亡くなっていると認識していた中で、「いや、マインドは絶対に生きてる!ミーンがマインドだ!みんなの前で暴露して追い詰めてやる!」と躍起になってたティダーって、マインドの生をある意味誰よりも信じていたってことですよね。でも、ティダーが言っていたように最終的にマインドが生きていて、ミーンに成り代わっていたことが明らかになっても、ティダーの思惑通りの結果にはならなかった。

 

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Who are you เธอคนนั้น คือ ฉันอีกคน [Official Trailer] cr.GMMTV

ティダーは“自分が正しいと思っていることが全てではない”ということをもっと早く誰かから教わっていればもうちょっと違う生き方ができたんじゃないか、と思う。

そして、それを最初に教えたのがマインドであり、その次にミーンだった。マインドの真っ向勝負のアプローチとミーンのアグレッシブな”てめーには負けねえぞ”アプローチ、この両方があって、最後に若干ティダーに変化の兆しが見えるようになったのでは?不器用なりにマインドに向き合おうとしたのは、ティダーにとっては大きな進歩だったと思う。

ただ、ティダーがこれまで失ったものはあまりに大きいし、マインドもその他の人たちも、ティダーのせいで本当にたくさん傷ついた。そして物語が終わる時点では、ティダーはまだ謝れなかった。謝れば良いということでは決して無いんだけれど、彼女にしっかり向き合える立場の人がちゃんと向き合わないことには、本質的に何が間違っていて、何がティダーにとって必要だったのかを理解するのは中々難しいのではないかな。ティダーが自分とちゃんと向き合える日が来ていると良いな、と思う。

付随して、「Who Are You」では、安直な理由づけがなされていないところがとても良いと思ってる。端的に言えば、「ティダーには心の闇があったからいじめに走った」的な描き方がされていない。

実際には心の闇もあったのかもしれないけども、悪は悪として描き切ったし、ティダーの弱さも「それはそれ」として描かれている感じがした。ティダーに限らず、人間性を構成する複雑で色々な側面を、なるべく単純化せずに複雑なままで描こうとしているところがとても良かったな、と思っています。

前述したことと矛盾するかもしれないけど、例えばクワンさんがマインドに対して「ミーンになってくれ」って言ったことも、全く合理的じゃないし納得はできないんだけど、なんか理解はできるというか、「めちゃくちゃなことを言ってしまう心理状態ってあるよね」というのがわかる描き方になっていると思う。

その他 思ったこと

 ・いわゆる“その他大勢”の描き方もすごく印象に残っている。1人1人が言ってることはたいしたことないんだけど、大勢で誰かを糾弾したりいじったりする時の暴力性とか、大勢で無視する、無関心を貫くことの消極的な攻撃性とか、集団になった時ならではの残酷さがありありと伝わってきた。物語序盤でひと段落しちゃうから忘れがちだけど、コイケオに対するクラスメイトの不誠実さってすごくないですか?ライラもキャットも、先生との面談でコイケオに金銭を求めたことなどないかのように平然と嘘を吐いている。直接は関係なくても、無関心でいることや、大勢になんとなく同調することが誰かを弾き出すのにとても有利に働くということがよくわかる。

・ミーンのママ含め、きっぱり強めな母親がたくさん出てくる。個別指導の集い?ママ会のシーンが度々出てくるのですが、集っているママがみんなキラキラしていてみんな主張が強い感じ。お金持ちが通う学校という設定なのかな。

・ぬいぐるみが好きでふわふわ笑っているマインドがめっちゃかわいかったです。あの図書館でナティーと2人で喋ってる時のピンクのふんわりニットも「THE マインド」な感じがしてかわいかった。マインドは泣いてる場面がとても多いので、屈託なく笑ってるとそれだけでもう「安心する……」となった。

・ミーンの登場シーンは割と全部好きですが、ナティーから頭を撫でられようとした時に跳ね返したり頭をどつき返したりする時の瞬発力が「仲良しなんだな〜」ってわかる感じの間合いでよかったです。ミーンの立ち振る舞いを見ていると、自信があって、誰が見ても魅力的な女の子って感じがする。みんなから信頼されて好かれているのが納得できると思った。

・ナティーはミーンに対してふにゃふにゃ喋ってる時と、マインドに向ける優しい眼差しと、お父さんとおうちでご飯食べてる場面がいつもめっちゃかわいかったです!ざらついた心に癒しをくれてありがとう。ミーンに対して「僕の片思いにさよならを言いに来た」って言った場面を見て、ナティーって本当に誠実で一途な子なんだなと思ったし、それに対して「私も一度自分に対して問いかけてみたの」って返すミーンもまた誠実で良かった。

・Namtan  & Janのコンビネーションが好きだったので、今度がらっと変わって仲良しな役柄も見てみたい。親友とか、恋人同士とか、先輩後輩とかも良いね。ポップでハッピーなドラマでまた共演してほしい。

何度この気持ちを飲み込めば

何度この気持ちを飲み込めば良いんだろうか、と思った。

 

Paraviオリジナル番組の「A.B.C-Zの1000本ノック」の新企画「えび銭湯」を見た。A.B.C-Zのメンバーが現役ジャニーズをゲストに迎えて銭湯を訪れ、お風呂の中で“全員タオルなし”で赤裸々トークが展開されるというもの。初回のゲストとしてふぉ〜ゆ〜の辰巳くん・福田くんが登場した。

番組の情報がリリースされた時点で「タオルなし」と書いてあったとは言え、湯船に浸かってMC・ゲストがトークを繰り広げる、いわゆるテレビの温泉ロケ、銭湯ロケのような形で番組が進んでいくものだと思い込んでいた。甘かった。裸であることを強調するようなアングル、あえて全身を映すカット、雑なモザイクのかけ方、「銭湯のぞき見トーク」というタイトル。朝配信だったので最初は「朝風呂だ〜」とか言いながら呑気に配信を見始めてしまい、朝から暗澹たる気持ちになった。もっとちゃんと告知文を読んでおくべきだった、と今振り返って思う。

有料の会員制サイトの配信だから、見たい人が見るものだから、とかそういうことではなく、倫理的にアウトすぎる。10代のファンが家族と一緒に見る可能性だってあることを制作者は考えたのだろうか。また、ほぼ裸の映像が広くネットにアーカイブされることの、被写体への影響を配慮できなかったんですか?

番組途中で展開された、体の見せ合い・比較のやりとりも見ていてキツかった。修学旅行のお風呂の中で友達同士でやってるならまだわかる、でも広く世の中に向けて放送される番組の中で、ごくプライバシーであるはずのやりとりを開けっぴろげに(なおかつそれがあたかも見所であるかのような体裁で)見せられるとキツい。身体的特徴のいじりのようなやりとりではなかったけれど、「コンプレックスも曝け出そう、“赤裸々トークなんだから”」みたいな制作側の意図みたいなものを感じ取ってしまってしんどかった。“現役ジャニーズを脱がせたら面白い”みたいな意図が透けて見える。つらい。

トークの内容そのものは、今まで聞いたことがないような4人の話も登場して、聞き応えがあってとても面白かった。ただ、映像があまりに配慮に欠けていて、気持ちが削がれていた。

番組に関しては、100歩譲って“タオルなしで撮影する”というコンセプトはそのままだったとしても、撮影の仕方もそうだし、映像にした時の編集の仕方で演者に配慮してほしいです。全身が強調されない映り方にする、モザイクをしっかりかけるなど。番組は“背徳感”を謳ってるけど、私は見ていて途中から搾取に加担している気持ちになった。ファンが喜ぶだろうと思ってあの映像が完成したのであれば、そこは再考してほしいです。

こういうことを書くと「嫌なら見なければ良い」って言われそうですが、この形式が続くならもう見ないんですけどね。でも、推しが出演しているものをファンが見たいと思うのって当たり前のことじゃないですか。で、推しが出ているコンテンツを安心して見ていたいっていうのも当然だと思うんですけど。推しが出ている番組を楽しく見たい、ただそれだけ。

推しが出演、って書いてあるだけで、私はファンだから嬉しいんですよ。活躍してるなあ!って思うんですよ。でも、彼らの「活躍」の一つとして、この番組をやらなきゃいけなかったのか、って考えると色々、色々思うことがある。彼らが自らの意思で、同意してやっていたとしても。

だって裸で映す必要ないんだもん。そうしなくたって面白くなる方法いくらでもあるし赤裸々トークだっていくらでもできるし、センセーショナルにしたければそれこそ演出とか編集とかでどうにだってできたはず。演者を大事にしてください。

 

また、今回の番組からは少し逸れますが、この他にも推しが「テレビや配信番組に出演!」のお知らせを見て喜んで、実際に番組を見ていじりや自虐ネタでフォーカスされているのを見るっていう流れが多いなと感じています。

プロモーションのために必要なんだな、と思って今まで見ていたけど、セールスポイントは他にもあるはずなのになんで自虐ネタとか下ネタみたいなフォーカスのされ方が多いんだろう。ファンとしてどういう気持ちで見ていれば良いんだろうか、このもやっとした気持ちを何回飲み込めば良いんだろう、と思う。

 

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タイBLドラマ「SOTUS/ソータス」シリーズ、様々な人間性の描き方

タイBLドラマの金字塔としておなじみの「SOTUS/ソータス」。文字通り金字塔すぎて、一度ハマると抜け出せません。金字塔の意味調べたら「ピラミッド、不滅の業績」って出てきて「まじでそれだわ」ってなった……。ピラミッド、不滅の業績……。

私は「2gether」きっかけでBLを中心にタイドラマを見始め、「金字塔って言われてるしとりあえずSOTUS見とこ〜☆配信されてるし〜☆」みたいな軽やかな気持ちで見始めたものの、なんかその当初の気持ちの軽さの反動(?)なのか、今は自分の気持ちの重みでSOTUS沼に沈んでいく一方です。見れば見るほど良いんだよな、何周見ても良いし何周見ても発見がある。すごい。あと主役キャストのKrist &Singtoのことがめちゃめちゃ大好きになってしまいました。

「SOTUS/ソータス」好きすぎていつかドラマの感想をまとめたいと思ってたので以下、粛々とまとめます。

ちなみに、タイ沼の皆さん、布教シートとかプレゼンテーションがとても素晴らしくて素敵で……!まだ「SOTUS/ソータス」を見ていない方はTwitterにたくさん投稿されている布教シートをご覧になった方が興味が湧くと思います。レッツゴータイ沼。

以下、ネタバレします!!!!!

「SOTUS/ソータス」とは

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「SOTUS/ソータス」は、超かいつまんで言うとSSU大学工学部新入生のコングポップ(演:Singto)が、新入生指導オリエンテーションを仕切るヘッドワーガー(リーダー)のアーティット先輩(演:Krist)と紆余曲折を経て恋愛関係になる物語。「SOTUS/ソータス」ではアーティット先輩が3年生、コングポップが1年生の、2人が恋人になるまでの物語が描かれ、続編の「SOTUS S/ソータス エス」では晴れて恋人同士となった2人の関係性の変化が描かれます。アーティット先輩は社会人に、コングポップは3年生に進級しヘッドワーガーに就任。お互いの生活スタイルが変化した中で、どうやって関係性を続けていくかにフォーカスされています。「Our Skyy/アワ・スカイ」で描かれるのはさらにその後、コングポップが留学に行くまでのお話。

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cr.GMMTV Official Trailer SOTUS The Series พี่ว้ากตัวร้ายกับนายปีหนึ่ง

コングポップ(Singto プラチャヤー・レァーンロード):
物語の主人公。SSU大学工学部の1年生(「SOTUS/ソータス」1期時点)。課題や授業など真面目にこなす優等生で周りにも気を配れるみんなからの人気者だが、先輩に対しても言いたいことははっきりと言う性格のため、上級生から目を付けられる。特に工学部の新入生全員の目の前でアーティット先輩に言い放った「先輩を僕の妻にします」が後々みんなからネタにされるほどの名言。学生ID番号が「0062」のため最初のうちは上級生から「0062」って呼ばれがち。アーティット先輩のことが好き。

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cr.GMMTV Official Trailer SOTUS The Series พี่ว้ากตัวร้ายกับนายปีหนึ่ง

アーティット(Krist ピーラワット・シェーンポーティラット):
もう1人の主人公。SSU大学工学部3年生(「SOTUS/ソータス」1期時点)で、SOTUS制度のもとリーダー“ヘッドワーガー”として後輩の指揮をとる。後輩への指導が一際厳しく、なおかつ短気で後輩から恐れられている存在。が、物怖じせず向かってくるコングポップには面食らいがち。「なんだあいつ」と思いつつ、「試験はここが良く出る」などさりげなく優しいアドバイスを残したり、帰りがけにオレンジを手渡してくれたりとなんとなくコングポップを気にかけている。ピンクミルクが好きで習慣的に飲んでいる。実は不器用な性格で、コングポップとの関係性に思い悩む場面も。学生ID番号は「0206」、ニックネームは「アイウン」(かわいい)。

「SOTUS」制度

「SOTUS」において物語の鍵を握るのは、“Seniority(敬意)”、“Order(秩序)”、“Tradition(伝統)”、“Unity(団結)”、“Spirit(精神)”を意味する「SOTUS」制度。そしてそれを軸に行われる新入生指導オリエンテーション「ラップ・ノーン」。「SOTUS」システムを経て、コングポップたち新入生が工学部の象徴であるギアを得るために奔走する中で巻き起こる紆余曲折の数々がドラマを生み出していきます。

先輩からの厳しい指導やしごきを受けつつ、仲間と打ち解け連携し、在籍する学科に対して誇りを持つようになる。そんな意図のもと数ヶ月単位で執り行われる新入生オリエンテーションでは、先輩たちから難しい課題を言い渡されたり、誰かがミスをした時に連帯責任としてスクワットをみんなでしなければならなかったりと、先輩→後輩へのいわゆる“体育会系”な指導が行われます。

その中でコングポップは「これはおかしい」「理不尽だ」と思った時は自分の意見をそのままにアーティット先輩に表明し、仲間と助けあいながらも先輩たちの課題を乗り越えようと奮闘。先輩たちからは「コングポップは反抗的だ」と一目置かれるようになる。

アーティット先輩から厳しく、というかきつい仕打ちを受ける一方で、コングポップはアーティット先輩に対してなぜか割と序盤から好意を示していて、先輩後輩として一緒に過ごしていくうちに恋愛感情を募らせていきます(なぜコングポップがアーティット先輩を意識し始めたかはラストの方のエピソードで描かれている)。

自分に対して好意をちょいちょい、かなりの頻度で伝えてくるコングポップに対して、後輩指導の場ではめっちゃ厳しいのに恋愛には不器用なアーティット先輩がどう反応していくのか、というところが「SOTUS/ソータス」の大きな見所。コングポップのド真面目かつ大胆ド直球な「先輩かわいい」「多分……、先輩は僕のことが好き」発言などに度肝を抜かれつつ、アーティット先輩の「はあ?」って時の表情を見てください、しごきの時とは打って変わって超絶かわいいので……星が飛んでる……。実質どう考えてもデートなのにコングポップが「デートのお誘いですか?」って聞いたら「違えし」って返すアーティット先輩……!ありがとう……!

そしてもはや伝説的な場面と言ってもいい「先輩を僕の妻にします」は何度見ても「え?!どゆこと?!」って言えるので定期的に見返してます。「どゆこと?!」って言いたいから見てる節もある……。本当にどういうことや……。しかもコングポップ、友達から「なんで先輩にあんなこと言ったんだよ?」って言われた時に「先輩の方から仕掛けてきたんだから仕方ないだろ」的なことを言っていてさらに「???」と思った。

多面的な人間性、エゴを描く

恋愛模様も語れることがたくさんありすぎるのですが、私が「SOTUS/ソータス」シリーズで特に好きなところは人間のエゴとか“業”がきちんと描かれていて、それぞれのキャラクターの様々な人間性を映し出しているところです。もちろんコングポップ&アーティット先輩のときめく恋愛模様も好きだけど、様々な業の深さが割と誠実に描かれているからこそ物語に没入することができる。特に1期目では「SOTUS」という指標を軸にして、人々がどう行動していくのか?みたいなところに面白さがあると思う。

例えば、「SOTUS/ソータス」 EP.1におけるアーティット先輩の振る舞いって正直めちゃめちゃモラハラで。初見時には「……アーティット先輩かなりのモラハラ男では?ここからロマンス生まれる??このモラハラのしんどさ後々回復できる??」と思いました。

例えばコングポップに対して、「みんなの前で僕は男が好きですって大声で言え」って指示したり、女子学生のプレーパイリンに対しては「大きい声で私はアーティット先輩が好きですって言って」って指示して電話番号まで聞き出したり。まじでここだけ見るとフォローのしようがないただの嫌な先輩です(ちなみにアーティット先輩この回以上に嫌なやつにはならないです……。各種雑誌やメディアに書いてある通り、ここは薄目で見るとか、なんらかの方法で切り抜けて、としか言えない……)。

でも、アーティット先輩は後のエピソードでこの時を振り返って「初日はやりすぎた」と反省を見せ、別のEPで同様に厳しくしすぎて何人もの離脱者を出してしまったプレーム先輩に対しても「やりすぎだ」と牽制しています。ワーガーでのミーティングでは後輩がついてこないことに対して焦りを感じる上級生の描写もある。

これらのシーンは指導学年である3年生なりのトライアンドエラーがうかがえる場面で、先輩も絶対的存在ではなく失敗をぶっこいているし、先輩には先輩なりの、後輩を牽引していかなければならないというプレッシャーがある、ということがわかる。また、4年生から3年生の指導に対するチェックが入り、不適切だとしてヘッドワーガーであるアーティット先輩が罰則を受ける場面も出てきます。

少し話がそれますが、アーティット先輩が上級生からの罰として雨の中を走る場面、やっぱり体育会系というか脈々と続く上下関係に基づいた体制が組み敷かれていて、どこにも逃げ場がなくて、仲間との連携という意味では良いシーンではある一方で、なんだかなあと思ってしまった。あと精神的にもそうだけど、罰が身体的にかなり過酷なのでその危険性については上級生の間ではどのようにシェアされているのだろう、というのが気になった。

ただ、別のEPでアーティット先輩からランニング54周を命じられたコングポップが、救護班の先輩から「そんなに走らないで良い、実際にやったら死んじゃう」って言われて途中でストップする場面もあり、厳しくする「ワーガーチーム」と、サポートに回る「救護班」で連携をとることで、ある程度バランスを取るというか、アクシデントが起こらないようにしていたのは見て取れた。

アーティット先輩が後々語っている通り、アーティット先輩は自身では全くリーダーをやりたくなかったし負担が大きすぎると自覚していたけど、自分を指導してくれたタム先輩の後押しもあってヘッドワーガーに就任することになり、不器用な彼なりに気を張って頑張って自分なりの厳しいヘッドワーガー像を作り上げたんだと思う。

「ラップ・ノーン」が終わる継承式の時、つまりコングポップたちにギアを渡し、ヘッドワーガーとしての役目を終えた直後のアーティット先輩の話し方を見ると、それまでとは違う柔らかい感じの話し方に変わっていて、「全然喋り方が違うな?!」とわかる。ヘッドワーガーとしての肩の荷が降りた瞬間の、ややふにゃっとした喋り方が印象的だった。

また、「SOTUS/ソータス」1期最終話の、部屋でコングポップと喋っている時のアーティット先輩は恋人モードだからなのかより一層さらにふにゃ〜って感じで喋っていて「ぜんっぜん喋り方ちゃうやんけ?!?!」と画面の前でツッコミを入れてしまった……。そのままでいいよ先輩……、ときめいたよ……。まあ、1年生の時のアーティットくんもふんわりほんわかしてたもんね……(「SOTUS/ソータス」EP.15参照)。本当は優しい子なのにね……頑張ったね……。

話が逸れましたが「人の前に立って統制する」ってある種ハイな状態に自分を持っていかないと難しい部分があると思うので、普段はそこまで凶暴な人じゃないアーティット先輩でもヘッドワーガーの時は行き過ぎがちになってしまう、というところになんか人間っぽさを感じました。モラハラは肯定できないし全くもってやり方を間違えてるしごきの描写も登場しますが、1つ1つを見ていくとただイキってただけではなくて、先輩としての理由があってやってるんだ、というのも読み取れる。

でも唯一EP.8のビーチのシーンは謎だったな……。なんで女子学生は先輩の歌を聞いて男子学生は海に入れっていう指示だったの?男女を分けて指示する意味がよくわからなかった。エムが「こんなの男女差別だ」って言ってたけど、ここに関しては意味があっての指示ではなくて大学生の悪ノリみたいな感じだったのかな。ちなみに私は先輩の歌聞いてるより海入ってた方が楽しそうでは?と思ってしまったんだけど……。

でもアーティット先輩、コングポップが1人で海に入ろうとして溺れているように見えた時にもすぐ駆けつけたし、違う場面でも練習で体調が悪くなった女の子にすぐに気がついたし、本当はすごいみんなのことを気にかけて見ている。短気なキャラクターではあるけれど、同時に繊細なんだよね、アーティット先輩。

めちゃめちゃ長々と書いてしまったんですが、アーティット先輩1人をとって見ても人間って多面的な存在で、しかも「怒りっぽいけど実はいい奴」的な描き方ではなくて、モラハラっぽいことをする人、気遣いをする人、恋愛に不器用で繊細な人、その全てがアーティット先輩っていう1人の人間であるっていう見せ方が良いと思うポイントです。見ているうちに「実はいい人なんだ」って視聴者は気付くけれど、そこを強調した描き方ではないというか。業の深さにも向き合って、愚かな部分は愚かだ、という描き方になっていると思う。

 

一方、コングポップは完璧な優等生なのか?と言われると、優等生ではあるけど完璧ではない。なんていうかコングちゃんは結構ずるいところがあると思っていて、第一あんなに周りに配慮できる子なのにメイからコングに向けた気持ちに気付かなかったわけがなくないですか?私の心が歪んでるだけかもしれないですが……。実際に告白されたら誠実にきっぱり断るけど、言われるまでは特には期待させちゃうかもみたいなことは考えずに「普通に」優しく接する感じが、まあ当たり前っちゃ当たり前なんだけどメイからしたら思わせぶりだよなあと思った。

あと、みんなでビーチに行った時(EP.8)、本当は先輩から禁酒って言われていたのにオークとかメイ、マプランたちに乗せられてなんだかんだ部屋でお酒飲んじゃうコングポップがめちゃめちゃ好きです。そりゃ飲むよな。私がコングでも飲む。そして案の定アーティット先輩から怒られてるコングポップ、自ら撒いた種すぎてまじでいい(それよりあの時なんでアーティット先輩コングの部屋に来たの?っていうのも気になるけど……)。あと、アーティット先輩と気まずくなってる時に友達への態度がまじでぞんざいなところもめちゃめちゃ好きです。あの虚無ってる感じの表情がすごい良い……。エムに対してめっちゃ不機嫌な態度取ってるのに喧嘩にならないエムとコングポップの関係性もまたいいな、と思います。

コングちゃんのエゴな部分はどちらかというと続編である「SOTUS S/ソータス エス」の方がより顕著で、先輩に言わずに隣の部屋に引っ越して来ちゃったところは「一言言えばよかったよね…?」という感じだし、インターン先を先輩が勤めてる会社に決めちゃうのも「一言言えばよかったよね…?」だし、自分のお父さんが先輩の会社の取引先の社長で、でなおかつ先輩がピンチの時にこっそり根回ししたのも「一言言えばよかったよね…?話す時間ないならLINEしとくべきだったよね…?」という感じで、コングポップやることなすこと先輩への愛に満ち溢れてはいるけど、ちょいちょい必要な言葉が足りないよね?!先輩も不満があると自分の中で悶々としちゃうタイプだし、愛の言葉も大事だけど業務連絡大事よ?!

また、ささやかな場面だと、エムとメイが晴れて恋人同士になった後、エム・メイ・コングで食事をしている際にイチャつきだしたエム&メイをコングが冷ややかな眼差しで見つめるところはさすがに「あんたね!!!自分を棚に上げて!!!」と言いたくなりました。あと、コングが実家に帰った時にお母さんから「帰ってくるの遅かったけど、彼女とどこかに行ってたんじゃないの?」と聞かれて「俺には母さんだけだよ☆」っていうところとか……(実際はアーティット先輩もいる食事会に行ってた)。思いっきり嘘じゃん……。

あと、後々大きなトラブルへと発展することとなる「SOTUS S/ソータス エス」EP.9の海辺キスですが、「社員旅行だけどどうせ誰も見てないしいっか☆」的な感じがいいです。コングかわいい。雰囲気に身を委ねるアーティット先輩もかわいい。見られてたけどな(なおかつ拡散されたけどな……)。

コングポップは堂々としていて自分の選択や行動に迷いがないし裏表もないし、みんなから自然に慕われるのがわかる。かっこいいし。でも、行動が突飛だったり言葉足らずだったりするところもあって、それが結構後々のトラブルを招きがちでもある。今思い出したけど「SOTUS/ソータス」EP.14でアーティット先輩と買い物してる時に、コングが「僕は子供を持つなら息子がいいな」って言い出した時はかなりびっくりした。「付き合い出してから間もない時期にするにはセンシティブな話題では……?」と思ってたらアーティット先輩のテンションがガタ落ちしていて、この時のコングポップは先輩と出かけられたのが嬉しくて無邪気になってたのかな…と思った。コングは基本的に気遣いができる子だけど、こう言った形でちょっと無邪気さが出てくることがある。

そして、アーティット先輩&コングポップ以外のキャラクターにも見所がたくさんある。例えば自分が無理をお願いしている立場なのに、取引先企業の人に対して横柄な態度をとってしまうトッドさんとか、堂々と不正をはたらくジョン先輩、軽い気持ちでその不正に加担しちゃうソム・オー、デーの警戒心を解こうとして少し干渉しがちになっちゃうティウなど、登場人物それぞれの行動や性格にレイヤーを持たせている。そこが見ていて面白いし、それぞれの人生に思いを馳せたくなる。

「SOTUS S/ソータス エス」でコングポップに振られてしまったカオファーンはもしかしたら3年生になったら後輩指導の中心的存在になっているかもしれないし、プレーパイリンと恋人のストーリーも気になる。オークはどんな大人になるんだろう、アース先輩は休日何をしてるんだろう。ノット先輩はめちゃめちゃ幸せな家庭を築いていそう、とか、それぞれのキャラクターの人生がちゃんと存在しているのが良いです。

「SOTUS」「SOTUS S」はYouTubeで全話視聴できる

 

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最後に、これはものすごく大事なことですが、「SOTUS/ソータス」「SOTUS S/ソータス エス」シリーズ通してYouTubeで視聴できる!!しかも日本語字幕つきで!!

以前まで「Our Skyy」はジオブロされてたけど、なぜか今は「Our Skyy」も英語字幕ですがYouTube視聴できる。広告なしで見たい、1エピソード通しで見たい場合は、「SOTUS/ソータス」はアマプラなど色々な動画サービス、「SOTUS S/ソータス エス」はテラサで見れる。

見たい時にすぐ見れる優しさすごくないですか……金字塔だからなの……?みんな気軽に見てねってことなの??ありがたい……。 おかげで何周も何周も見ています。ありがとう……不滅の金字塔……。

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舞台「優秀病棟 素通り科」感想 “とはいえ、この世界で生きる”

ふぉ〜ゆ〜の福田悠太くん主演舞台「優秀病棟 素通り科」そして辰巳雄大くん主演舞台「ぼくの名前はズッキーニ」。遅ればせながら、両公演とも無事完走おめでとうございます!!

どちらも時間が経ってから反芻したくなる舞台だった。まずは「優秀病棟 素通り科」から、忘れないうちに感想を書いておく。ズッキーニはまた後日書きます……。

忘れないうちに、とは言っても「優秀病棟 素通り科」は1月に上演されたのでもう2ヶ月経っている。もっと鮮烈な時に記憶を書き留めておくべきだったのだけど、なんだろうね。時が経つのが早い。特に2月はあっという間に過ぎていった。

山田ジャパン主催「優秀病棟 素通り科」は配信で観たのですが、正直言ってオンラインで観ていてあんなに没入できると思わなかった。画面に文字通り目が釘付けになるような舞台で、少し劇場に行かなかったことを後悔したりもした。ただ、その時の「行く/行かない」の判断に正解があるものでもないので、配信で観られてラッキーだったなと思うことにした。

「優秀病棟 素通り科」は、“とはいえ、ここで、この世界で生きていく”ということの実感を思い起こさせるような舞台だった。「何があっても生きていこうね!!エネルギー!!」みたいな感じではなく、“とはいえ、生きていく”。

理由がないけど生きるし、各々しんどい境遇にいるけど生きる。たった一晩の対話から、現在進行形で生きている私たちに生きる実感を与える舞台だったと思う。暑苦しくないのに胸が熱くなった。

 

「優秀病棟 素通り科」はふぉ〜ゆ〜の福ちゃん演じる「飯塚哲人さん」が飛び降りでこの世を去ろうと試みるも、偶然居合わせた、いとうあさこさん演じる「喜久枝さん」が飯塚さんをキャッチすることで偶然にも命を助けるところから物語が始まります。

まず冒頭からして「飯塚さん」対「喜久枝さん」の対比の構造になっていて、上手から飯塚さん、下手から喜久枝さんが登場する。2人は全く別のことで頭がいっぱいで、飯塚さんは「(この世を去るという選択が)自分にとって得策だ」とどこか晴れやかな表情で話す一方、喜久枝さんは「失業保険給付金が入らないと困る、家賃だって払わないといけないし」と誰かに電話をかけている。

私はこの「給付金」という言葉を聞いた瞬間にグッと現実感が増したというか、一気に舞台の中に引き込まれたような気がしていて。ちょっと話が逸れるけど、ふとポン・ジュノ監督が『パラサイト 半地下の家族』のインタビューで、冒頭の場面の「Wi-Fiを探す」という共通の行動を通じて、海外の観客も含め心がオープンになるって言ってたのを思い出した。リアルとリンクする共通項があって、物語との親近感が一気に増す。

ストーリーに話を戻すと、開放感とともにこの世を去ろうとする人と、閉塞感の中でも「生きることや生活」に向かって一所懸命になる人。この極めて対照的な2人のちぐはぐな対比が対話を生み出し、「なぜ飯塚さんはこの世を去ろうと思ったのか?」という2人の会話を通じてその対比がどんどん浮き彫りになっていく。生きることに邁進している喜久枝さんは飯塚さんの行動の理由が理解できないし、飯塚さんも飯塚さんで「死」を選ぼうとした理由が自分でもよくわからない、と喜久枝さんに語りつつ、今までの生活を振り返る。

職場の同僚や取引先からは信頼され、妻とも仲良く暮らしている「飯塚さん」と、夫が鬱を患い失業を余儀なくされ、娘を大学に行かせてやれず、夫の勤め先とパワハラ認定の可否について揉めている「喜久枝さん」。2人の境遇を表面的に比較すると、飯塚さんの方がより幸せに見える。実際に、飯塚さん&喜久枝さんがバーでそれぞれの境遇を話す場面では、「なんか…喜久枝さんの方が不幸じゃない?」的な雰囲気が流れ始める。それに対して喜久枝さんは「そうかな〜?」と首を傾げる。

外から境遇を見ただけでは、そこに置かれている人がどういう気持ちなのか、どういうことを考えながら過ごしていたのかまでは当然わからない。そして、その人自身だって、自分が実はどういう気持ちだったのかを理解しないまま生活が流れていくことだってある。

私はぱっと見幸せそうな飯塚さんの職場や家庭の場面を見た時に、「確かに周りからとても愛されていて、生命を脅かすような外的な困難はなさそうに見えるけど、でも飯塚さんって自我はどこにあるんだろう」と思った。

というのは、ふんぞり返っている上司に腹を立てる部下の間に入って場を丸く収めたり、極度にイライラしている妻の機嫌をとったりしている時の飯塚さんはとても優しくて気が利く人なんだけど、どこかこう他人事っぽい対応というか、飯塚さん自身、つまり“自分”を一回物事の枠組みの外に置いているような感じがあって。行動の理由が「自分がこうしたいから」よりも「他の人がこうしたがってるから」に見える。

で、喜久枝さんは「家族の幸せが自分の幸せ」だと言いながら、パワハラ企業と夫の間に立ってやりとりをしたり、ヒステリックな娘と病んでしまった夫、崩壊しつつある家庭の中での潤滑油になろうと奮闘したりしている。“仲介役”だという点では飯塚さんと立場が似ているし、状況はより不幸せに見えるんだけど、決定的に違うのは喜久枝さんの行動のモチベーションは「自分がこうしたいから」だということ。自分が家族を愛しているから、家族の幸せを願っているから、自分が行動している。喜久枝さんには自我がある。

これは私の主観的な見方ですが、飯塚さんは自分の行動に理由を見出さない、見出せないから、自分のことが見えなくなったのかなあと。「自分がいない世界」の方が飯塚さんにとってしっくりきたから、飯塚さんはこの世を去ることを“得策”だと感じたのではないか。ただ、飯塚さんが自分の中で「死を“得策”」だと結論づけたことに対して、喜久枝さんはラストではっきりそれを否定する。自分自身の中で推し量れることには限界がある、自分の中ではそう結論づけたかもしれないけれど、他の人や視点から見れば決してその答えが正しいわけではない、と。

私これ最初聞いた時に、「でもそれって飯塚さんの自分の人生の選択なのに、結局は他の人の視点を取り入れろってことなのか?」という気がして喜久枝さんの主張に違和感があったんだけど、もう少し噛み砕いて考えてみると、「周りの人との関係性の中に自分を取り戻してみてよ」ってことだったのかな。それなら理解できる。

また、印象的な飯塚さんの発言として「理由がないことが一番怖い」みたいなセリフがあるけど、まさに飯塚さんは自分自身が自分自身でいることの理由がなかった、一番怖い状況にいたのではないか。だから、飯塚さん自身の人生を振り返る喜久枝さんとの対話は、飯塚さんの輪郭とか、存在、自分自身のことをなぞって確認していくプロセスだったのかなあと思います。死の理由を探すために2人は対話を重ねていったわけだけども、結果的に飯塚さんの生きる理由を探るプロセスになっていった感じがする。

だから、喜久枝さんの「探すわよ〜!!」号令で始まるクライマックスの舞台の大転換の場面(CUTTの「Domino」が流れるところ)での、飯塚さんの記憶総ざらいがあって、今までの飯塚さん自身と飯塚さんが向き合うことができたからこそ「これからの人生を考えてみる、見積もりを出してみる」って言う結論に辿り着けたのではないかなと思いました。

でも自分自身の記憶を掘り起こして1つ1つ向き合って、なおかつ他人にそれを開示するのって容易なことではなくて、すごいしんどい作業だと個人的に思うので、あの大転換の場面はマジで泣きました。なんかすごくしんどい気持ちになっちゃった。飯塚さん、よく頑張ったね。

 


CUTT - Domino YJ ver. (Lyrics Video)

個人的には、「理由なく何かの行動や選択をする」ということは結構普通にあることで、それがどうでもいいような行動でも、重大な選択でも、理由がないことはあるだろうな、というのを改めて感じた。同時に、「ないと思っていた理由は本当にないの?」っていう問いかけというか、「ないこと」に向き合うこと、そこから思ってもみなかった結果が生まれる可能性もあるだろうな、ということも感じた。

いち観客の願望としては喜久枝さんと飯塚さんはあの後たまに連絡を取る飲み友達になっていてほしいし、飲みながらお互いの生活の愚痴などを言っていてほしい。飯塚さんは生きることに向き合えたしポジティブな結論を導き出せたけれど、その一方で喜久枝さんが向き合っている現実の生活は厳しいもので、厳しい中でも生きていく、その束の間の休息であったり、癒しのようなやりとりが2人の間で為されていてほしいなと思う。

 

扱っている題材そのものはシリアスなものですが、テンポよく進む演出とコミカルなツッコミが至る所に散りばめられていてめっちゃ笑いました。特に、飯塚さん行きつけのバーでのやりとりが面白かった。喜久枝さんの夫にパワハラをしていた上司の絶対的に半沢直樹に影響を受けている台詞回しとか、子供の頃のキャッキャした回想シーンは爆笑しながら見てました。

そして、居酒屋とかバーとかに行きたくなった……!!1杯目の生ビールが来て「で、どうなの」って本題に入る感じとか、お話の上手なバーテンダーさんがいるバーでゆったり飲む感じとかを見ていて「いいな〜〜〜、飲みに行きたいな〜〜〜」となった。飯塚さん行きつけのバーの、バーテンダーさん2人のゆるゆるな空気感が好きだった。

あと、カーテンコールでの福ちゃん&いとうあさこさんはじめ、キャストの皆さんの演じ切った感じ、清々しい表情も印象に残ってる。オンラインとはいえ2021年の舞台初めが「優秀病棟 素通り科」で良かった。とても素敵な舞台でした。

デコトレカをジャニショの写真で作りたい、デコジャニショ

「デコトレカ」という概念があることすらつい最近まで知らなかったのですが、ふとTwitterK-POPのアイドルのトレカをデコっている方のツイートが流れてきたのを見て、即座に「私も作りたい」と思いました。

推しを彩るキラキラシール、ラインストーン、リボン……めっちゃかわいい。セボンスター的童心を蘇らせてくれる。推しの写真を愛でるのに眺める以外の方法があったなんて……!

色々検索してみるとやっぱり韓国のアイドルのトレカを使って作っている方が多いけれど、中にはアニメの推しキャラトレカをデコったり、ジャニショの写真をデコったりしている方も。いずれも推しへの愛に溢れていて画像検索しているだけで結構ハッピーな気分になります。

調べ始めるといよいよ自分でもやってみたくなり、私も推しのジャニショ写真をデコることにしました。「デコジャニショ作りたい衝動」のままに即ロフト&100均に駆け込んでデコジャニショの材料を揃えた。

用意した材料

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↑ソフトカードケース、クリアポケット

・「B7 ソフトカードケース 軟質プラスチック製」

→本当は「硬質プラスチックケース」を目指してロフトに向かったのですが、見つけられず……。デコトレカの作り方で調べると大方「硬質プラスチックケース」でヒットするのですが、私の「デコジャニショ作りたい衝動」が「今すぐ作りたい!今すぐ」レベルだったので棚にあった軟質プラスチック製カードケースを買いました。この時点で本家デコトレカと結構違うのですが、自分が満足できればOKなのでOK。ジャニショの写真で作るので、サイズはL判写真が入るB7サイズを選んだ。デコトレカよりも大きめサイズだと思います。

硬質ケースのようにパリッとした質感ではないものの、シールとかラインストーンシールを貼るのにも特に問題なく接着でき、2面見開き×2で作れるので手帳みたいにできて良いな〜とも思った。

・「写真L判が入るサイズ クリアポケット」
→今思うとデコジャニショ作りには別にいらなかったかもしれない……。しかし100均(ダイソー)に行った時になんとなく買ってしまい、ソフトカードケースに入れる前にこのクリアポケットに入れてから入れるようにした。50枚も入ってるのに100円で買えるのすごい。今まで知らなかった。デコジャニショ用だけでなく、普通にジャニショの整理?というか保管するのに使えそうではある。

ただ、元々ジャニショ写真を買ったら無印のアルバムにザクザク突っ込んでいくタイプの、結構大雑把な保管方法をとっており、なおかつ私はかなりのズボラなので保管にクリアポケットを使うかどうかは謎。

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↑無印のフォトアルバムとてもたくさん入るので重宝している……、そして入れ方が雑なところにズボラさが出ている……。

・シール

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→ロフトで購入。かわいいシールが盛り沢山で、デコに使えなさそうなものまで買いそうになる。特にコンセプトなどは決めてなかったので、推し色のシールとか華やかになれば良いかな〜、程度の気持ちで行ったら結構ドンピシャなのがあってウキウキした。琥珀糖モチーフのシールは絶対的にKinKi Kidsにぴったりだ!と思ったのと、“恋の予感 花言葉”みたいな名前の花モチーフのシールがあり、「概念……!」と思って買った。

・ラインストーンシール

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→接着剤を使うのは面倒なので自己接着できるやつを調べ、100均のセリアが優秀だという情報を見てセリアに。確かに優秀。シール付きだしパールとか粒の細かいラインストーンシールとか色々売ってる。セリア、商品が多すぎてどこにあるのか最初わからなかったんだけど、私が行った店舗では文具コーナーじゃなくてインテリアDIYコーナー(?)みたいなところに置いてあった。

デコジャニショの作り方

1. 使う推しジャニショ写真を選ぶ

私はふぉ〜ゆ〜辰巳くん推しなので辰巳くんのジャニショ写真と、KinKi Kidsのジャニショ写真からセレクト。少し話が飛ぶのですが、写真選ぶために辰巳くんの写真眺めてたら、めちゃめちゃ愚痴まみれのランチ会に参加した時に「解散したらジャニショ、解散したらジャニショ…」と頭の中で唱えることでその場を乗り切った過去を思い出した。もちろん解散後にその足でジャニショに向かい、かっさらうようにしてまだ持っていなかった辰巳くんの写真を買いました。

あと、今絶賛「Endless SHOCK -Eternal-」期間中なこともあり、SHOCKのジャパネスクタツミも選んだ。

キンキは2面並びで剛さん、光一さん対に見えるのが必須!という基準でお揃いっぽい写真を選んだ。

2. 写真をクリアポケットに入れる→省略可

100均で買ったクリアポケットに写真を入れることで、クリアケースに写真が張り付いたりするのを防げるかな…?と思い念のためクリアポケットに。多分省略しても大丈夫。

3. クリアポケットに入れた写真をソフトカードケースに入れる

なんか細かいホコリ?や指紋などがつきがちなのでメガネ拭きみたいなクロスなどで拭きながらソフトカードケースに入れた。

4. デコる

デコり始めるとめっちゃ楽しい。最近PC画面、スマホ画面ばっかり見てたので、PC画面上じゃないところで趣味をしている時間が貴重に感じる。私のように見切り発車ではなく「こういうデザインにしたい」みたいに考えてから準備したらすごいかわいくなると思います。見切り発車で作っても私としてはめっちゃかわいくできた。自己満足できればOK!!

 
※写真には一応若干ぼかしを入れてます。実際はくっきり見える。クリアケースに入れたからぼやけているわけではないので念のため……。

 

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辰巳くんは賑やかな感じにしたかったのと、ちょっとわけのわからない感じにしたいな〜〜と思ってデコった。メンバーカラーの黄色中心、派手さも忘れず。

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あと写真の感じと連動させたく、少女漫画っぽい写り方をしてるものは花、うさぎっぽい写り方をしているのはマイメロ、甲冑着てるやつはファンタジーな感じ(?)というか宇宙に行けそうな感じ(?)にしたかった。

 

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KinKi KidsKinKi Kidsな感じにしたかった、ミステリアスな感じとか神秘的な感じなど……。「彗星の如く」「Topaz Love」が頭の中にあったかも。「薔薇と太陽」モチーフで作るのも良いなあ〜絶対めっちゃ良くなるな〜〜、と思いましたが準備が追いつかず諦めました(なかなか思うようなデコ材料に出会えなかった)。次回作るときがあったら頑張りたい。

デコジャニショを作った感想

めっちゃ楽しい。ファンアート描いたり、物販のグッズデコったりしてるファンの方のSNSを見ながら「すごいな〜」と思ってはいたけど、いざ自分でやるとめちゃめちゃ楽しい。あとただでさえ愛おしい推しの写真への愛着が、自分の手を動かした分より一層増すのでとても良い。

最初はドラマ見ながらできるかな〜〜と気軽に考えていたのですが、手元に集中せざるを得ないので私は画面を見ながら作るのは無理でした……!その代わり「ふぉゆ経済(ふぉ〜ゆ〜と学ぶ!ニッポン経済)」や「ふぉ〜ゆ〜のぴたラジ」などラジオを聞きながら作業したら捗った。ふぉ〜ゆ〜音声コンテンツが充実しているのめっちゃありがたいね……!「ふぉゆ経済」勉強になるしめっちゃ面白いんですけど!!

BGMとしてYouTubeのふぉ〜ゆ〜ふゆパラやENTA!3を流しながらやるのも良かった。映像が気になったら休憩がてら作業の手を止めて映像見れば良いし。ちなみに当たり前かもしれないけど初見なら絶対映像から先に見たほうがいいよ!デコも楽しいけどYouTubeで見るふぉ〜ゆ〜楽しいよ!

特に「ENTA!3」のダイジェストは30分超えのやつあるし、音声だけでも楽しめるので作業BGMにもちょうど良いと思います。

コント回はいきなり辰巳くんの舎弟感あふれるリモート電話音声が流れてきたりして面白いです。めっちゃ巻き舌しようとしていてかわいい。あと福ちゃんの「そ〜しゃる〜!」もお嬢さんの「たっだいま〜!」も松崎くんの「ママよ〜〜!」も、音声だけで聞いてるととっても味わい深いです。

 


ふぉ~ゆ~『ENTA!3』 4U. Zepp in de SHOW 大阪公演【4U.『ENTA!3』 4U. Zepp in de SHOW OSAKA(Live Digest)】

あとジャニーズオフィシャルチャンネルにもふぉ〜ゆ〜が降臨したのめっちゃ嬉しい。うれしすぎるので毎日見てる。ふゆパラの独特な空気感がダイジェストでもわかる。


"Winter Paradise 2020 ~ Fuyupara ~ 4U.'s Performance" Digest Movie

映画で見る『Endless SHOCK』思ったこと

堂本光一さん主演ミュージカル『Endless SHOCK』が、なんと映画になった2021年。『Endless SHOCK』が映画になるってどんな感じなんだ?と全く見る前は想像がつかなかったのですが、舞台とは違う没入感があってすごい良かったです。あの内容を3,000円で、映画館の音響と大画面で見られるのはすごい。楽しかったです。

映画ならではのカメラの視点

毎回帝国劇場に足を運んで見てきた『Endless SHOCK』とは異なる感覚の『Endless SHOCK』。もちろん舞台のDVDとも全く違う感覚だった。何が大きく違うかというと、視点を自分で決める必要がなく、自分の目や双眼鏡よりもくっきり鮮やかで、広範囲な視界を定めてくれるカメラアイ。

“こう見せたい”という意図によって定められるカメラの視点、つまり必然的に自分の視点ではないところから『Endless SHOCK』を眺めることができます。

特に、観客がいない劇場で撮影したからこそ可能な、フライングや殺陣のシーンは立体感が凄かった。フライングや殺陣、といったスペクタクルな演出は、演劇だからこそ迫力があるものだと思っていたのですが、むしろ映像で見せる時ならではの臨場感の出し方が実践されていたように思う。フライングや殺陣の“動き”を際立たせていたのは、カメラワーク。

カメラが目まぐるしく動き、客席と舞台の距離では不可能な位置にまで入り込む。距離を詰めた視点で演者を映し出し、アップになったかと思えば全く異なる角度に瞬時に切り替える。これによって映像ならではの視点、というか映像でしか実現できない視点で『Endless SHOCK』を映し出している。

フライングでは、コウイチと同心円上にいるようなアングルや、コウイチの背後にいるような感覚(まるで舞台上でキャッチする役割のマツザキの腕目がけて飛んでいるかのような)を楽しめる。ラダーフライングは、1F席から見ておいしい部分と2F席から見ておいしい部分の良いとこどりになっていた。

殺陣の場面は自分もステージと同じ目線にいたような感覚になった。戦いの場にいる透明人間みたいな。上から刀を振り下ろされたり、すぐ横で斬り合いをしていたり、刀を避けながら素早く移動したり。すごくスリリングで立体的なシーンになっていた。

 

 

あと、カメラのフォーカスによって映し出される演者の表情の機微がとても鮮やか。「この人はここでこんな表情をしていたのか……」という細かいところにまで、特に意識しなくても目が行き届くので物語がすっと入ってきやすいと思う。舞台を見ている時は、演者と直に対面する緊張感もあり、推しの姿を目に焼き付けたいという執念もあり、また視力が理想の解像度に追いつかないこともあり、双眼鏡を使っていても表情を細かく捉えていくのは難しい。

例えば「ONE DAY」の屋上のシーンでリカが終始どんな表情をしているのか、コウイチはリカの好意をどういう表情で受け止めているのかを、映画版ではただ座って見ているだけでありありと感じることができ、キャラクターの心情を飲み込みやすくてありがたいな、と思った。個人的にはシェイクスピアのシーンの梅リカがどんな表情をしているか見れたのが嬉しかった(「ねえタツヤ〜」前後の表情の変化が良かったです、いつもあんまりよく見えなかったので)。

映画を見て見えてきた物語の解釈

自分で視点を決める必要がない、と言うのが思っていた以上に楽というか、リラックスした状態で見ることができるんだな〜という実感があり、その分『Endless SHOCK』のストーリーで新たに見えてきた部分がある。それは、物語のキーとなるオフ・ブロードウェイからオン・ブロードウェイの大劇場に活躍の場を移そうとするカンパニーの中でのコウイチ、タツヤの心の動きです。

(ちなみにここからは私の解釈なので、異論はぜんぜんあると思います……。)

 

大劇場からの誘いを受け、上昇志向の強いタツヤは、活躍の幅を広げたいからオンのステージに立ちたい、これはチャンスだと考えていることが伺える。

その一方で、コウイチはオンのステージに行くことに対して躊躇する姿勢を見せる。コウイチが「周りが見えなくなったらおしまいだぞ」と言う台詞の通り、浮き足立つメンバーを牽制して落ち着かせるために、一歩引いた態度を取っているのかな〜、と今までは思っていたのですが、今回の映画『Endless SHOCK』を見たら「実はコウイチはオンのステージに立つのが怖かったのではないか?」と思えてきた。というか「自分が座長としてカンパニーをオンの舞台で率いていけるのかどうかが怖かったのではないか?」と。それは、コウイチの表情を見て「あら、本当に全然乗り気じゃないな」というのが感じられたからです。

千秋楽が終わった時点でコウイチは「次はシェイクスピアをやりたい」と言っているので、一度芝居の原点に立ちたい、という意思があったんだと思う。その一方でタツヤや大劇場に行きたいメンバーは前に進みたい、もっと大きなステージに立って光を浴びたい、と考えている。この時点ですでに”みんなで夢を見てきた”はずのカンパニーの中での意識にズレがある。おそらく座長としてコウイチはその微かなズレに気づいていたのでは?このまま大劇場に行けば、カンパニー“みんなで”夢を叶えることがより難しくなる、と何となく予感していたのでは?と思いました。

大劇場のショーにおけるコウイチとタツヤのソロナンバーが対照的で、コウイチはシックなナンバーをソロで選んでいるのに対し、タツヤは、大劇場のダイナミックさを活かすようなパッと華やかな演目でソロをとっている。なんていうか、「やりたいショー」の方向性もコウイチとタツヤで実は全然違っていたのではなかろうか……、と感じたのです。

たとえやりたいショーの方向性が違っていても、本来はすり合わせていけば1つのショー、1つのカンパニーとして見せていくことができるけど、その「すり合わせ」ができない状態になっていた、ということを意味しているように思えた。

それで、「SOLITARY」のタツヤの出とちり事件でカンパニーのすれ違いが浮き彫りになる。スタッフのミスで、出番に間に合わなかったタツヤがスタッフに激怒するのをコウイチが嗜めることで喧嘩になるわけですが、タツヤが「カンパニーを代表して喝を入れてる」と言うのに対しコウイチは「お前(タツヤ)は自分の出番を潰されたから怒ってるだけ」「お前はもうステージに立つな」と返す。

確かにタツヤは衣装全く着られていなかったけど、そのまま舞台に出てパフォーマンスで納得させようという気概があったんじゃないかな、という見方もできるし、コウイチが言うように仲間のフォローによってなんとかなったのだから……というのも次の本番が控えている状況だし理解できる。そして、タツヤも言い過ぎてるし、コウイチもまた言い過ぎてる。タツヤもコウイチもすごい追い詰められている。

カンパニーとしては最悪の状況の中で第2幕が開き、追い詰められたタツヤが罠を仕掛けるのですが、コウイチの心情としてはガタガタのカンパニーで幕を開けて、さらにまたミスが重なってしまったことで絶望的な気分になったんじゃないかな、と思うのです。絶望的、と言うか投げやり、と言うか。「絶対にショー続けるもん!本物の刀でもできるもん!」みたいな……(突然のキャラ崩壊)。

もっと言うと、大きな舞台の上でこんなにミスがあって、さらに中止にでもしたらこのカンパニーの未来がなくなると思ったんじゃないでしょうか。その誤った形の「Show must go on」によって結局最悪の結果を招いてしまう。

コウイチにはコウイチの苦悩があって、タツヤにはタツヤの苦悩があり、他のメンバーもまた然りなんだけど、コウイチは1人で苦悩を抱え込むあまり、自分の苦悩にしか目を向けられなくなっていたのだと思う。だからこそ、タツヤの「立ち止まった奴はそこで置いていかれてしまう」でコウイチはハッとするわけで。

全く違うベクトルで「立ち止まれない」と思っているコウイチ(何があっても続けなきゃ)、タツヤ(置いていかれる)のそれぞれの悩みが、コウイチが息を引き取ってから初めて表面化してぶつかり合うことで、みんなにとって「立ち止まること」が本当は必要で、「立ち止まらない」なんて無理だと気付く。

だから、『Endless SHOCK』で発している「Show must go on」とは「立ち止まらずに続ける」ことを意味するのではなく、より続けていくために時には立ち止まり、時には振り返りながら道の向こうを目指そうね、ということなのだな〜、と言うことを改めて感じた。私はいつも、ライバルの「立ち止まった奴は置いていかれる」っていう言葉が印象的で、観劇した後はライバルに感情を向けがちだったんだけど、映画を見て、「じゃあコウイチの苦悩って何だった?」っていうところに踏み込むことができて良かった。

また、座長とカンパニーの一員で、責任の重さや中身が違って当たり前だけど、現実の光一さんもカンパニーの皆さんも色々な責任を背負い込まず、長く楽しくステージに立ってほしいな〜と思います。「Endless SHOCK -Eternal-」も楽しみです。

その他思ったこと

その他、脈絡なく思ったことを挙げていくと、

・ライバルのソロ曲、華やかだしタツヤ×マツザキのラップ掛け合いのある貴重な曲なのでこの映像でPVとしてYouTube配信してほしい。途中で不意に映った松井奏くんのあまりのキラキラぶりに「おっ」と思ってしまい、個人的にはこのライバルチームで期間限定ユニみたいなのやってくれ……と思った。っていうか単純にあの曲が好き。

・クライマックスの真っ白な衣装を着たタツヤがリカに、コウイチの残していったネックレスを手渡すところがとっても「美!!!!!」で、一瞬タツヤ&リカがこの何年か後に恋人になり結婚するストーリーがあっても良いのでは?と想像が膨らみました。その一方で、お互いに特別な存在だけど恋人にはならずにあくまで同じカンパニーの同志として一緒に走り続ける、というのもまた熱い、どちらもきゅんとする……。

タツヤ&リカの組み合わせが結構好きだな、ということに気づいた。最初の方の、千秋楽〜街に出かけるところのほんわかした「タツヤ→リカ」のやりとりの時の、タツヤの「にこ〜〜〜〜〜!!!」って感じのリカちゃん好き好きモードの表情がめっちゃかわいかったです。タツヤは素直な子……。そしてリカはコウイチのことが好きだけど、かと言ってタツヤの気持ちにはっきりNOを言うわけではなくさらっとかわす感じが、罪な子だけどかわいいなと思いました。

・フライングのコウイチをキャッチするマツザキのあのシュッとした感じが好きすぎる。あとタツヤ&マツザキのコンビネーションがリアルで良かった。コウイチがタツヤにつけるならマツザキだな…と判断した理由がなんとなくわかる。一緒に振り合わせとかしてそう、っていうか仲良さそうに見える。

・コシオカは、キリッとした姿勢が端正なのが改めて印象的で貴族感?というか宝塚感?を感じた……舞台人コシオカ……いやみんな舞台人なんだけども……。中世ヨーロッパの騎士役とか演じてそう。

・コウイチってなんであんなにキラキラしてるんでしょうね?大画面であのキラキラを全身に浴びたような気分です。コウイチ、というか光一さんってまじでスターなんだな、と改めて思った。