服を着るin TOKYO

ファッションとエンターテインメントについてふわふわ語る

スワンソング 「君の髪雪崩れて」

久しぶりに彼に会える日はいつも髪型と洋服に気合いを入れ、時間をかけておしゃれをした。

そうすれば彼が「綺麗だね。」とほめてくれる。

何気ない彼の些細な一言が聞きたくて、雑誌やテレビの可愛い女の子をひたすら研究した。

 

次はいつ会えるのだろう、と考えるだけで幸せに浸ることができた。私は彼を愛し、彼もまた私を愛してくれていると自信を持って言うことができた。

 

私にとって遠いところに彼がいて、彼にとって遠いところに私がいる。

このことは間違いなく事実であるのに、時間が経つにつれ遠くに存在していた恋人は、遠くにいる不在の恋人になっていった。

 

次第に、以前なら簡単に彼に伝えられていたことを言うのが億劫になった。
仕事の愚痴や友人との笑い話など日常の些細な出来事について前なら気軽に電話で話したものだが、あえて話すまでもないことだとやり過ごすことが続くうちに、いつの間にか大事な事まで伝えられなくなってしまった。
そこまで遠くないと思えていた距離がどんどん離れていく。

 

靄がかかったように行く先がいつまでも見えてこないことに大きく落胆し茫然とすることが多くあった。
この苦しみはいつまで続くのか、考えるだけで目の奥から頭が痛くなった。

「一体どうすれば?」を頭の中で繰り返すうち、今まで”2人”だった私達の関係が”1人と1人”になっていたことに気がついた。

長い距離と時間が重くのしかかり、一つのかたまりとして存在していたはずの私達の愛は分断されていた。

考えれば考える程、悲しい。
ただただ悲しく、苦しい。

彼のせいでは決してなく、私のせいだけでもない。彼にも非があり、私にも悪いところがたくさんあった。

やり場の無い悲しみに疲れ切った私は、港にいた。
そして、その日彼もいた。

何度か訪れたことのあるカフェに彼を呼び出し、思いの丈を全て打ち明けたのだ。
彼が傷つかないようにできるだけ明るく、自分が傷つかないように笑顔を見せながら一気に話をした。

前日に買った雑誌を参考にしながら編み込みでアップにした髪型にセットし、細かい刺繍とレースで出来た袖のついている深いブルーのワンピースを着て行った。
我ながら気合いの入った格好で、武装しているかのような気分だった。

彼と落ち合うとすぐに、「似合ってる。良いね。」と私の装いを褒めてくれた。


この言葉が、ずっと聞きたかったのだ。

ふわりとした安心感が体内を駆け巡ると同時に、決して揺らいではいけないと思った。

美しかった記憶は確かなものだが、絶望した記憶もまた正しいからだ。

話し終えると、彼は動揺したようだった。わかった、と言う彼は私が見たことのない表情をしていた。

俯いた彼の目の光に影が落ちる瞬間を見た。

次の船便で帰ると言うので、港まで一緒に行った。途中、彼から今までもっとこうするべきだった、申し訳なかったと言われたので、否定して自分の非を詫び、彼が与えてくれた幸せにありがとうと言おうとした。が、言葉がつっかかって彼の謝罪を「そんなことない。」と否定しただけになってしまった。
もう、いっぱいいっぱいだった。

ここで崩れてはいけないという思いだけが私をしっかりと歩かせていた。私の中の糸が張りすぎないように、口角を上げて微笑を保ち続けた。

波止場に着くと、彼が乗る船がすでに止まっていた。桟橋を渡り、乗船口まで一緒に行った。潮風と波の音が心地よく、どろどろとした私の中身を洗い流すようだった。

「じゃあ、気をつけてね。」と言いながら手を振ると、彼も手を振った。手を下ろすタイミングがつかめずに、なんとなく後ろ歩きながら手を振り続けていると、少し距離が離れたところで彼が何かを呟いた。

ほ、ん、と、う、に、お、わ、り、な、の


ピタリと手を振るのをやめ天を仰いだ私は、何故か笑みを携えてコクリと頷いた。

聞こえるのは絶え間ない波の音。
一瞬時が止まったかのようだった。

私は咄嗟に踵を返し、走り出した。

波音の間にガタンという鈍い音が聞こえたような気もしたが、私はとにかく無我夢中で桟橋を走った。

もっと走らなければ。

強い潮風にあおられて、編み込んでいた髪が既に綻び始めていたところから一気に雪崩れた。
しかし、そんなことは一切気にもとめず、私は走り続けた。

大きな喪失感と、ある種の快感、嗚咽、そしてただの悲しみが綯交ぜになり、私の頭の中も気合いをいれた化粧もぐちゃぐちゃになった。


今までの私は私ではなくなり、今までの彼は彼ではなくなった。

啼くような波の歌声に私達の記憶は紛れていった。

 

 

 

スワンソング

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